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京都地方裁判所 平成5年(行ウ)11号 判決 1998年4月24日

京都市左京区田中西高原町一四番地の二八

原告

梅村治

右訴訟代理人弁護士

川中宏

近藤忠孝

荒川英幸

藤浦龍治

浅野則明

飯田昭

稲村五男

岩橋多恵

久保哲夫

佐藤健宗

村井豊明

村山晃

森川明

渡辺馨

京都市左京区聖護院円頓美町一八番地

被告

左京税務署長 水野敦

右指定代理人

草野功一

西浦康文

谷口幸夫

新名徹

前田全朗

宮田恭裕

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対して平成三年一月三〇日付けでした昭和六二年から平成元年分の所得税の各更正処分のうち、総所得金額が昭和六二年分については八五万一六八七円を超える部分、昭和六三年分については八六万九二八四円を超える部分、平成元年分については九〇万〇三一一円を超える部分及びこれらに対する各過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告のした昭和六二年分から平成元年分(以下「本件係争各年分」という。)の各所得税更正処分に調査手続の違法及び総所得金額を過大に認定した違法があるとして、各所得税更正処分及びこれを前提とする各過少申告加算税の課税処分(以下「本件各課税処分」という。)の取消しを求めた抗告訴訟である。

一  争いのない事実

1  当事者

原告は京都市左京区田中西高原町一四番地の二八で小型車両を使用して個人タクシー業を営む、いわゆる白色申告者である。

2  調査の経緯

被告の部下職員である工藤博信(以下「工藤」という。)は所得税の調査をするため平成二年五月一五日に原告に電話をかけ、原告から都合の良い日を連絡する旨の回答を得た。そして、工藤は同年五月二九日に連絡せんを原告に宛てた後、同年六月四日に原告から電話を受け、同月七日午後四時から調査をすることにした。そこで、工藤は同日午後四時ころに原告方へ行くと、個人タクシー互助協同組合(以下「互助組合」という。)の中川勉事務局長(以下「中川」という。)や互助組合員らが同席していたので、原告に対し第三者が立ち会うと守秘義務や税理士法に違反するおそれがあるので、第三者を退席させたうえで調査に応じるよう求めたが、原告がこれに応じなかったので調査に着手することなく帰った。

工藤の後任者である安田文人(以下「安田」という。)は平成三年一月一六日に原告方に行ったが、原告が不在であったので、所得税調査のため同月一八日午後二時ころに原告方に臨場すると記載した連絡せんを投函した。すると、安田は同月一七日に原告から同月一八日午後二時は都合が悪いので、同月二三日午前一一時に来てほしい旨の電話連絡を受け、これを了承した。そこで、安田は同日午前一一時ころに原告方へ行くと、中川や互助組合員ら六名が同席していたので、原告に対し第三者が立ち会うと守秘義務や税理士法に違反するおそれがあるので、第三者を退席させたうえで調査に応じるよう求めたが、原告がこれに応じなかったばかりか、第三者が立ち会ったうえで調査をするよう求めたので、調査に着手することなく帰った。

3  課税の経緯

原告の本件係争各年分の所得税の確定申告、更正処分等、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経緯は、別紙1記載のとおりである。

なお、被告は推計により算出した所得金額に基づいて本件係争各年分の課税処分をした。

二  主な争点

原告は、被告の行った原告の所得税に関する調査の違法、所得金額の推計の違法、所得金額の実績の反証があることを理由に本件各課税処分が違法であると主張し、被告はこれらをいずれも争っているが、各争点に関する双方の主張の概要は以下のとおりである。

1  所得税に関する調査手続の適法性の有無

(被告の主張)

(一) 所得税法二三四条一項所定の質問検査による税務調査は租税実体法によって成立した納税義務を具体的に確定するための事実行為であって、課税処分とは本来別個のものであって、所得税に関する調査手続の違法は課税処分の効力に影響を与えない。したがって、調査手続が違法であることを理由に本件各課税処分の取消しを求める原告の主張は失当である。

なお、調査手続が刑罰法令に触れたり、公序良俗に反するほどその違法性が著しい程度に至った場合にはこれにより収集された資料を課税処分の資料として用いることができず、ひいては課税処分が違法として取り消されることがあるが、本件における工藤及び安田による調査は刑罰法令に触れたり、公序良俗に反する程度に至ったものではない。

(二) 原告は本件係争各年分の所得税の確定申告書に所得金額しか記載しておらず、収入金額の記載や収支内訳書の添付がなく、所得金額算定の経緯やその内容がまったく不明であったので、被告において、原告の申告所得金額が適正か否かを確認するために調査をする必要があった。

ところで、一般に質問検査権(所得税法二三四条一項)の範囲、程度、時期、場所など、所得税法等の法令に特段の定めのない事項については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているから、税理士以外の第三者の立会いを認めるか否かも右税務職員の合理的な選択に委ねられている。

そして、本件において工藤及び安田が平成二年六月七日及び平成三年一月二三日の調査の際、中川らの立会いを認めなかったのは、税理士でない第三者の立会いを認めると、公務員の守秘義務に違反するおそれがあり、さらに税理士法違反の行為を招来することにもなりかねなかったからである。

したがって、工藤及び安田が中川らの立会いを認めず、調査場所である原告方に中川らが同席していることを理由に調査を打ち切ったことは、社会通念上相当な限度にとどまるものであるから適法である。

(原告の主張)

(一) 国税通則法は申告納税制度を定め、納付すべき税額は納税者がする申告によって確定することを原則にしており、更正処分は申告納税制度の例外であるから、納税者のした申告に問題がないのに更正処分をするために調査をすることは不当である。また被告は原告に対し調査の理由及び更正処分の根拠を示していない。

(二) 質問検査権は任意調査と解するべきであるから納税者が他の者の同席を求めることができるのは当然であるし、質問検査権の行使にあたっては適正手続の確保が要請されており、被調査者以外の第三者が立ち会うことは密室状態で調査が行われることを防止し、適正手続を確保する重要な保障になる。また「税務調査は、その公益的必要性と納税者の私的利益の保護との衡量において社会通念上相当と認められる範囲内で、納税者の理解と協力を得て行う」(税務運営方針)ものであるから、質問検査権は税務職員の自由裁量に委ねられているものではなく、「客観的必要性」「利益衡量」「比例原則」の要件を満たさなければ行使することができない。

(三) ところで、本件において工藤及び安田が平成二年六月七日及び平成三年一月二三日に調査に来た際、立ち会っていたのは互助組合員の記帳や申告の補助もしている中川や互助組合員であるが、右立会人は調査当日には工藤あるいは安田と原告とのやりとりを聞いていたにすぎないし、原告が自分自身のプライバシーを放棄していたし、個人タクシー業の性質から「取引先の秘密」を考える余地はないから守秘義務は問題にならなかった。また、原告は当日調査の行われた部屋内で帳簿、営業報告書、運送実績報告書などを風呂敷に包んでテーブルの上に置いたうえ、調査に必要な書類でも何でも見ても良いから調査を進めてほしい旨述べていたから、工藤及び安田は調査しようとすれば調査することができたのである。ところが、工藤及び安田は中川や互助組合員が立ち会っていることを口実にあえて調査をすることなく数分で引き上げた。さらに、工藤の発言及び態度はおよそ公務員にあるまじき極めて強権的、威圧的なもので原告の理解を求めようとするものではなかったし、安田の発言及び態度も原告の理解を求めようとするものではなく、右税務運営方針に反している。

したがって、工藤及び安田による調査は違法である。

2  推計の必要性の有無

(被告の主張)

一般的に個人タクシー業では不特定多数の乗客からほとんど現金で運賃が支払われるから、事業者の協力なしに個人タクシー事業者の所得金額の実額を把握することは困難であるうえ、本件において原告は工藤及び安田から再三第三者を退席させたうえで調査に応じるよう求められたのにもかかわらず、全く協力しなかったし、所得金額の実額を把握するのに必要な営業報告書等の関係書類も準備していなかった。

したがって推計の必要性がある。

(原告の主張)

原告は平成二年六月七日及び平成三年一月二三日の両日とも自宅内の部屋において帳簿、営業報告書、運送実績報告書などを風呂敷に包んでテーブルの上に置いたうえ、調査に必要な書類でも何でも見ても良いから調査を進めてほしい旨を調査に赴いた工藤及び安田に申し入れていたから、両人は調査しようとすれば調査することができたのに、立会人がいることを口実に調査しなかった。

したがって、推計の必要性がない。

3  推計方法の合理性の有無

(被告の主張)

(一) 同業者抽出条件

(1) 左京、上京、中京、下京、右京、東山、伏見の各税務署の管轄内に事業所を有する者のうち、本件係争各年分を通じて別紙2の抽出条件1から7の各条件のいずれにも該当する者は、別紙3-1から3同業者の収入金額・算出一覧表(昭和六二年、昭和六三年、平成元年分)記載のとおり八五名である。

(2) 別紙2の抽出条件は原告の業種内容に基づいて設定したもので、体力が収入金額に影響を与えること、個人タクシー業が一人一車制であるため営業車両が一台であること、事業区域が限定されていること、当時は同一事業区域における運賃体系が同一であったこと、実働一六時間あたりの最高乗務距離も三五〇キロメートルに制限されていたことを考慮したものである。右条件により抽出された同業者八五名は、個人タクシー業としての業種、京都市を主な事業場所とする事業場所、年齢、営業車両一台という事業規模において類似性があり、しかも右同業者は青色申告者であるから、その金額等の算出の根拠となった資料はすべて正確なものである。そして、前記各税務署長は大阪国税局長の発した通達に基づいて機械的に右抽出条件に該当する者のすべてを抽出したから、その抽出にあたって恣意の介入する余地はない。

(3) 車種の問題について

運賃体系以外の車種の需給関係など種々の要因が収入に影響するという側面や、大型車による営業は燃料費及び車両維持費等の経費にあたる支出が多く必要となる側面もあるから、車種による運賃体系の相違が直ちに収入に影響するとは断定できない。また京都市内における個人タクシーの認可台数(人数)のうち小型車の占める割合が八割以上であることを考えれば、大型車の方が所得が多いというわけではないことが窺えるし、原告が小型車を使用していることからすれば、車種についても平均値の中に捨象されるということができる。

なお、被告は車種の違いが「年間の収入金額」や「算出所得率」にどのような影響を及ぼすか不明なので、車種を推計における同業者抽出の条件とすることは不適当であるとしたものである。

(4) 営業時間帯及び営業形態の問題について

昼間の営業時間帯は利用客数が多いものの、タクシーの稼働台数も多いから、競争関係によって売上げが左右されるし、深夜の営業時間帯は利用客数が少ないから、その利用客の確保状況によって売上げが左右されることにかんがみれば、営業時間帯が直ちに売上げに影響するとはいえない。また流し営業の場合は効率的に利用客を確保できるか否か、貸切り営業の場合は十分な貸切客を確保できるか否かによって収入が左右される。さらに営業時間帯や営業形態のいずれの問題にしても車両の運行による燃料の使用効率などによって所得率が左右される。しかも、同業者を抽出する段階で営業時間帯や営業形態を条件にして抽出することは困難であるから、このような諸事情ないし細部にわたる点についてまで条件を設定して同業者の抽出を求められれば、そのような情報に欠ける課税庁に不可能を強いることになり、推計課税自体を困難にしてしまう。そこで、右のような不明確な細部にわたる諸事情を考慮するよりも、同業者抽出条件として個人タクシー業としての業種の同一性、京都市を主な事業場所としている事業場所の類似性、営業車両一台という営業規模の一応の類似性を考慮して同業者を抽出する方が一層合理的である。

したがって、営業時間帯や営業形態の事情を同業者抽出条件として採用することは不適切である。

(5) 体力的要素の問題について

生年月日による条件は原告の個人的要素についての類似性を可能な限り考慮したものである。

(6) 同業者の申告内容の正確性について

東山5は帳簿書類の備付けが義務づけられ、右帳簿書類に基づいて申告している青色申告者であるから、収入金額に端数がないからといってその内容が不正確であるとはいえない。

(7) したがって、別紙2の抽出条件により抽出された同業者の平均収入金額及び平均算出所得率は、正確性と普遍性が担保されているから、被告が平均値を用いて原告の本件係争各年分の事業所得の金額を推計したことは合理的である。

なお、被告が走行距離及び燃料使用量等を反面調査したうえで、その結果から収入金額を推計して算出しなかったのは、被告がその点に関する事情を把握できなかったからである。

(二) 事業所得の金額

(1) 収入金額

原告の本件係争各年分の収入金額は、別紙4の総所得金額の計算書「<1>収入金額」欄記載のとおり、昭和六二年分が三七五万二七三〇円、昭和六三年分が四〇〇万三三一九円、平成元年分が四一七万五三五二円である。これらの金額は別紙3-1から3の「<1>収入金額」欄記載の同業者の当該各年分の収入金額の平均値(以下「平均収入金額」という。)をもって算定した。

(2) 算出所得金額

原告の本件係争各年分の算出所得金額(収入金額から一般経費の金額を控除した金額)は、別紙4の「<3>算出所得金額」欄記載のとおり、昭和六二年分が二〇八万九八九五円、昭和六三年分が二二六万九〇八一円、平成元年分が二三六万一九九六円である。これらの金額はいずれも前記(1)の各収入金額に別紙3-1から3の「<3>算出所得率」欄記載の同業者の当該各年分の算出所得率(算出所得金額の収入金額に対する割合)の平均値(以下「平均算出所得率」という。)をそれぞれ乗じて算出した。

(3) 特別経費の金額

本件において特別経費として開業費の償却費、利子割引料及び税理士報酬などが考えられるが、原告の本件係争各年分の特別経費の金額は別紙4の「<4>特別経費の金額」欄記載のとおりいずれも〇円である。

(4) 事業所得の金額

原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、前記(2)の各年分の算出所得金額から前記(3)の特別経費の金額を差し引いて計算した金額であるが、結果的に前記(2)の各年分の算出所得金額と同額となる。その金額は、別紙4の「<5>事業所得の金額」欄記載のとおり、昭和六二年分が二〇八万九八九五円、昭和六三年分が二二六万九〇八一円、平成元年分が二三六万一九九六円である。

(三) 給与所得の金額

平成元年に全京都個人タクシー協同組合(以下「全京協同組合」という。)から原告に支払われた給与収入金額は一九万五二〇〇円である。これから所得税法二八条三項に規定する給与所得控除額を控除すると、給与所得金額は別紙4の「<6>給与所得の金額」欄記載のとおり〇円となる。

(四) 総所得金額

前記(二)及び(三)により、原告の本件係争各年分の総所得金額は結局事業所得の金額と同額となり、別紙4の「<7>総所得金額」欄記載のとおり昭和六二年分が二〇八万九八九五円、昭和六三年分が二二六万九〇八一円、平成元年分二三六万一九九六円となる。

(原告の主張)

(一) 所得金額等の推計方法が合理的であるといえるためには、少なくとも<1>推計事実(資料)の正確性、<2>推計方法の最適性(具体的事案の実情への適合性)、<3>推計方法の客観性の三要素を充足する必要がある。それにもかかわらず、本件における推計の方法及び結果には次のような欠陥があるから合理性がない。

(二) 基礎資料の正確性の欠如

(1) 基礎事実の欠如

原告自身の基礎事実には一切基づいていない。

(2) 同業者抽出条件の不合理性

原告にとって同業者は免許により一人一車制を営む個人タクシー業者以外には考えられないから、被告が主張する「業種の同一性、事業場所の類似性、営業規模の一応の類似性」は同業者の中から更に一定のグループを抽出する条件にはなり得ない。

また稼働時間は収入に大きな差異をもたらすのにこれが抽出条件になっていないし、年齢は抽出条件になり得ない。

(3) 同業者八五名の匿名の問題

被告は原告の同業者として別紙3-1から3記載のとおり八五名をあげているが、匿名のため原告は果してそのような同業者が存在するか否か確認することができない。

(4) 同業者八五名の恣意的選択の問題

別紙2記載の同業者抽出条件によれば、一五〇名前後が対象になるはずであるのに八五名が対象になっているのは恣意的に選択された疑いがある。

(5) 収入金額の正確性

別紙3-1から3記載の東山5の収入金額は、一万円以下の端数がない状態が三年連続しており、経験則上考えられないから、その内容の正確性について疑いがある。

(三) 最適性や具体的適合性の欠如

(1) 個人事情

原告は昭和五四年七月七日に個人タクシー業の認可を受け、昭和六一年一〇月から全京協同組合傘下の互助組合の理事に就任し、今日までその任にある。原告は理事会等の会議や会合へ出席をするほか、組合員の相談に応じなければならないので、タクシー営業の時間をさかざるを得ず、また昭和六三年に互助組合の井元正男理事長が体調を崩したことから負担が増加したうえ、平成元年一〇月に副理事長に就任し、さらに昭和六三年一〇月から全京協同組合の理事をも兼任して別紙8記載の業務をこなしたことから営業時間が減少して収入も低下した。

原告がこのような役務を果たすことができたのは、原告の妻が互助組合の事務局員として勤務し年収約三三〇万円の収入を得、原告の長女及び二女も収入を得ていたからである。

(2) また、原告の業務態様は小型車両を使用して通常午前一一時三〇分ころから営業を開始して午後八時ころには入庫する昼間型で、ターミナル等での待機をしない流し専門で、個人タクシー業者の中でも最も売上げが低いタイプであるうえ、原告は昭和五七年に自律神経失調症で入院し、約二か月間休業したことがあるため再発を防ぐために無理な営業はできず、右営業時間内も午後の昼食・休憩と夕方の休憩を必ず取っていた。

(四) 客観性の欠如

被告は七〇パーセント台から二〇パーセント台までの所得率の差異を考慮しないで個人タクシー業者の単純平均を基に推計しており、平均所得額は実額近似値ではない。また推計方法が各手続段階の都度変遷しているし、平均値の算出の根拠となる同業者数もその都度異なっている。

(五) 一般的な適切性の欠如

推計自体が次のように車種及び営業形態並びに個人の事情によって多大な影響を受けるという個人タクシー業の特徴と相いれない。

(1) 車種及び営業形態による差異

タクシー運賃は車種(大型、中型、小型)、営業時間帯(昼間、深夜)、流し営業と貸切り営業によって区別されており、これらは収入に直接結びつくものであって同一に扱うことはできない。すなわち、中型車と小型車とでは別紙9記載のとおり、中型車の方が一日あたり三三五七円から七二八四円収入が多いのに、中型車と小型車とで燃料費や車両維持費などに大差はない。また昼間勤務より深夜勤務の方が売上げが多いし、同じ昼間でも朝・夕の出退勤のラッシュ時とその中間では売上げに大差があるし、同じ深夜でも電車やバスなどの交通機関がなくなる時間帯以降は長距離客が多くなって売上げが多い。さらにグループで観光業者と提携したり、個人的な繋がりを生かしたりして観光客等の貸切りの仕事を確保している業者は、流し営業を行っている業者に対して売上げが多いし、流し営業でも駅などのタクシー乗り場での待機を中心としている業者は、まったくの流し専門業者よりも走行距離あたりの売上げが多い。したがって、このような差異を捨象して、個人タクシーであれば類似性があるというのは当を得ない。

(2) 個人タクシー業の特性

個人タクシー業は免許により一人一車制であるから、本人が病気などのため乗務できないときでも他の者と交替することができないし、車両が修理中のときでも他の車両を用いることができない。他方で車両を自家用に使用することも認められているが、その割合は業者によって区々である。また営業時間の設定は本人の自由意思に委ねられ、定期休日も月二回以上であればどのように設定してもよく、臨時休業の制限もない。さらに走行距離は法人タクシーについては昭和三四年三月二三日付大阪陸運局通達「タクシー運転者の乗務距離の最高限度についての解釈と取扱方について」によって実働一六時間あたりの最高乗務距離が三五〇キロメートルに制限されており、個人タクシー業者も右基準に準じた走行距離の設定を届け出ているが、その設定に従っているか否かを実効的にチェックする方法や手続などはなく、各自の自覚に委ねられているし、京都市街における乗務距離については規制等がない。したがって、すべての個人タクシー業者を一律に扱うことはできないし、開業方式や資金の捻出方法、営業年数の違いによって、開業後に確保しなければならない売上額に差が出てくるので、同じ年齢層であれば類似性があるということもできない。

4  実額反証

(原告の主張)

(一) 収入及び必要経費

原告は捕捉漏れのない総収入金額であることを証明する必要はない(「これ以外に収入のないことの証明」はいわゆる悪魔の証明の一種であり、事実上不可能な立証責任を納税者に負わせることになり不当である。)が、原告の本件係争各年分の収支内容は、それぞれ別紙5-1、6-1、7-1記載のとおりであり、その内訳はそれぞれ別紙5-2、6-2、7-2記載(ただし、減価償却費及び車両除却損は便宜上一二月の欄に記入している。)のとおりである。

(二) 被告の主張に対して

原告は一日単位の売上げ等を記載した運転日報を日々作成し、運転日報を基に月別の個人タクシー輸送実績報告書(以下「輸送実績報告書」という。)を作成し、輸送実績報告書を基に一般乗用旅客自動車運送事業(一人一車制)営業報告書(以下「営業報告書」という。)を作成したうえ、営業報告書(項一、三、五)を近畿運輸局に、輸送実績報告書(項二、四、六の各1から12)を近畿運輸局京都陸運支局にそれぞれ提出した。

ところで、個人タクシー業者は三年毎に免許の更新手続をするが、その際には車両、営業報告書、帳簿書類等の関係書類を基に京都陸運支局の調査を受け、そこで運転日報、領収書、現金出納帳、元帳、輸送実績報告書、営業報告書の実体確認調査も受け、業務が適正に行われていると認められると免許の更新が認可される。そして、原告は昭和六三年四月及び平成三年四月に実態調査を受けて免許の更新を認可されているから、営業報告書等の書類は信用性の高いものである。そこで、特段の事情がない限り、収入や必要経費については営業報告書や輸送実績報告書に基づいて判断されるべきである。

なお、原告はタクシーメーターに表示された「全走行キロ」の下三桁を出庫時に記録し、入庫時の「全走行キロ」の下三桁の記録との差によって「走行キロ」を算出して運転日報に記載し、当該月における運転日報の「走行キロ」を集計して輸送実績報告書の「走行キロ」に記載し、また同様にタクシーメーターに表示された「実車キロ」の入庫時と出庫時との差に基づいて「実車キロ」を記録する。しかし、例えばある地点からある地点まで走行した場合の運賃額を知る必要があるときなどメーターを実車に操作して走行すれば実際に乗客を乗せていなくても「実車キロ」は加算されるので、「実車キロ」数と運賃収入は必ずしも対応しない。

(被告の主張)

(一) 一般に、所得金額等に関するいわゆる実額反証においては、<1>納税者が主張する収入金額が捕捉漏れのない総収入金額であること、<2>納税者が主張する必要経費が実際に支出されたこと、<3>納税者が主張する必要経費が総収入金額と対応することを立証しなければならない。そこで、所得金額を実額で把握するためには、個々の取引に伴う収入及び支出をその都度継続的に記録した会計帳簿(あるいは原始書類が取引に接着して作成され、かつ完全に保存されているとともに、それが会計帳簿と同程度あるいはそれ以上に信用性のあるもの)がなければならない。

ところが、本件において、原告は単に監督官庁である陸運支局に提出している営業報告書の損益計算書や輸送実績報告書によって収入金額及び必要経費を立証しようとしているが、営業報告書には不自然な記載があるし、輸送実績報告書には不自然な運賃収入の記載があるうえ、収入金額の基礎資料となる運転日報、現金出納帳等の提出がないから、その内容の正確性が明確でなく、捕捉漏れのない総収入金額の立証があるとはいえない。また必要経費についての基礎資料は平成元年分について領収書を提出しているだけであるから、必要経費が実際に支出された立証があるとはいえない。さらに必要経費に関する互助組合発行の領収書等は、収入金額との関連性、特に組合用務に係り、事業と直接の必要性があるか疑わしいものや、支出の有無及びその内容に問題があって事業所得の必要経費にあたるかなど疑問点が多数存在している。

(二) したがって、原告の主張は捕捉漏れのない総収入金額であるとはいえないし、必要経費も不明確であったり、必要経費と収入金額との関連性が明らかでないから、原告の主張は理由がない。

第三争点に対する判断

一  認定した事実

証拠(甲一三から一九、二〇の1、2、乙一から一六、証人工藤、同安田、同古角、同梅村、原告)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事態が認められる。

1  原告は京都市左京区田中西高原町一四番地の二八で小型車両を用いて個人タクシー業を営む、いわゆる白色申告者である。原告は昭和一五年一〇月一日に滋賀県近江八幡市で生まれ、昭和三八年一二月に京都帝産自動車株式会社にタクシー乗務員として就職し、昭和五四年七月七日に個人タクシーの認可を受けて現在に至っている。原告は昭和六一年一〇月から互助組合の理事に、平成元年四月からその副理事長に就任し、昭和六三年四月から全京協同組合の理事に就任している。

2  原告は昭和六二年度から平成元年度にわたる営業報告書(「年報」と呼ばれるもの。)同輸送実績報告書(「月報」と呼ばれるもの。)、領収書等に基づいて本件係争各年分の確定申告をした。しかし、被告は原告が本件係争各年分の所得税の確定申告書に所得金額しか記載しておらず、総収入金額の記載や収支内訳書の添付がなく、所得金額算定の経緯やその内容がまったく不明であったことから、原告が提出した本件係争各年分の確定申告書に記載された所得金額が適正なものであるか否かを確認するため、工藤に原告の所得税の調査をさせた。

3  工藤は平成二年五月一五日午前九時三〇分ころ原告方へ電話をかけ、原告の所得税調査に行きたい旨告げると、原告から調査理由を説明しなければ合わない、強制調査ではないはずだなどと言われたが、任意調査であっても調査を受ける義務がある旨説明し協力を要請すると、原告から今日明日中に会える日を連絡する旨の回答を得た。

4  工藤は平成二年五月一八日午後五時ころに原告方へ電話をかけたが、原告がいなかったので、原告の娘に対し同月二一日午前九時ころに原告から左京税務署の工藤に連絡するよう伝言を依頼した。しかし、原告から連絡がなかったので、工藤は同日午前九時四〇分ころに原告方へ電話をかけると、原告が不在であったので、対応に出た原告の娘に対し先日の原告への伝言を伝えたか否か確認すると原告の娘から確かに伝えた旨回答を得た。そして、工藤は同月二五日の午前九時ころにも原告方へ電話をかけたが、原告がやはり不在で原告の娘が対応に出たので、原告の娘に対し調査の件で左京税務署の工藤から電話があったことを原告に伝えるよう依頼した。工藤は同月二九日午後に原告方に行ったが、原告がいなかったので、原告の娘に対し同年六月一日午前九時から一〇時ころに原告から工藤へ連絡してほしい、連絡がない場合には調査を進める旨記載した連絡せんを原告に渡してほしい旨依頼し右連絡せんを手渡して帰った。工藤は同月四日午前九時四〇分ころに原告から同月七日午後三時に来てほしい旨の電話連絡を受けたが、都合がつかなかったので、同日午後四時ころに行きたい旨申し入れ原告から了承を得た。

5  工藤は岡崎恵一事務官と共に平成二年六月七日午後四時ころに原告方へ行って二間続きの手前の部屋に入り、所得税の調査に来た旨告げて身分証明書を提示したうえ、原告が予め呼んでいた中川や互助組合員ら約一〇名が二間続きの奥の部屋にいたので、税務代理行為ができる者がいないことを確認したうえ、原告に対し第三者の立会いは守秘義務や税理士法に違反するおそれがあるので認められない旨説明し、第三者を退席させたうえで調査に応じるよう求めた。しかし、原告は立会を認めるように申し入れてこれに応じず、同席者も立会を認めるように口々に大声でさわぐなどして、工藤の税務調査への協力要請を聞き入れようとしなかった。そこで、工藤は中川や互助組合員らに対し公務執行妨害になる旨注意したが、聞き入れる様子がなかったので、原告を説得することは困難であると判断して調査を断念し、原告に対し「本日調査できないのは原告の責任である。税務署の方で調査等を進める。」旨告げて帰ったが、その間、本件係争各年分の輸送実績報告書及び営業報告書、平成元年度分の領収書が用意されているかどうかの確認はしなかった。

6  工藤の後任職員である安田は平成三年一月一六日午前一〇時ころに原告方に行ったが、家人が不在であったので、所得税調査のため再度同月一八日午後二時ころ伺う旨記載した連絡せんを投函した。そして、安田は同月一七日午前一〇時三〇分ころに原告から同月一八日午後二時は都合がつかないので、同月二三日午前一一時に臨場して欲しい旨の電話連絡を受け、これを了承した。

7  安田は木村有里事務官と共に平成三年一月二三日午前一一時ころに原告方へ行って身分証明書と所得税に関する質問検査章を提示するとともに、所得税調査のために訪問した旨告げて二間続きの手前の部屋に入ったが、中川や互助組合員ら六名がいたので、税理士資格がある者がいないことを確認したうえ、第三者の立会いは守秘義務や税理士法に違反するおそれがあるので認められない旨説明し、第三者を退席させたうえで調査に応じるよう求めた。しかし、原告は自分のお客さんとして来て貰っている、立会いのあるままで調査をしてほしい旨など申し入れ、同席者も発言するなどしたため騒々しくなった。そこで、安田はこのままでは調査が進められないので結果として調査拒否と同様になるから、独自に調査して処理する旨告げたが聞き入れられなかったので、原告の協力が得られる状況ではないと判断して調査を断念し、原告に対し「調査できないのは原告の責任である。調査拒否と判断し独自の調査に基づき処理する。」旨告げて午前一一時一〇分ころに帰ったが、その間、本件係争各年分の輸送実績報告書及び営業報告書、平成元年度分の領収書が用意されているかどうかの確認はしなかった。

8  被告は、原告に対する質問調査によっては原告の所得金額を確認することができないと判断し、推計を行って原告の本件係争各年分の総所得金額を算出したうえ、本件各課税処分をした。

以上の事実が認められる。

二  調査手続の適法性について

1  ところで、所得税法は、第一編に総則規定をおいて通則(第一章)(所得税法の趣旨、用語の定義等)、納税義務(第二章)、課税所得の範囲(第三章)、所得の帰属に関する通則(第四章)、納税地(第五章)を定めたうえ、第二編に居住者の納税義務、第三編に非居住者及び法人の納税義務、第四編に源泉徴収に関する各規定をおき、第五編に雑則をもうけ、雑則の中で二三四条において当該職員の質問検査権に関し次のとおり規定している。すなわち「<1>国税庁、国税局又は税務署の当該職員は、所得税に関する調査について必要があるときは、次の掲げる者に質問し、又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる。一 納税義務がある者、納税義務があると認められる者又は一二三条一項(中途省略)の規定による申告書を提出した者 二 二二五条一項(支払調書)に規定する調書、又は二二六条から二二八条まで(源泉徴収票等)に規定する源泉徴収票、計算書若しくは調書を提出する義務がある者 三(省略) <2>(省略)」。

これらの所得税法における規定の配列、趣旨、内容、目的等にかんがみると、同法二三四条一項にいう質問検査権の実施(調査)は、納税義務者(租税債務者)、納税義務の成立、変更及び消滅、納税義務の内容等に関する規定(いわゆる実体法)によって成立した抽象的な納税義務の存在を前提とし、特定の者について課税の要件となる事実を具体的に確定するための資料を収集する事実行為であって、特定の者(処分を受ける者)に対する納税義務の設定等を目的とする課税(行政)処分とは本来別個のものであるというべきである。したがって、特定の者に対する所得税に関する調査手続が違法であるとしても、これが後続する所得税の課税処分の違法をもたらすものとは直ちにはいえないのである。

また、所得税法二三四条一項は質問検査の範囲、程度、時期、場所等について定めをおかず、その他の法令上もこれらの細目について特段の定めがないことなどから、当該職員が所得税に関する調査について必要があり、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、質問検査の範囲、程度、時期、場所等の決定は当該職員の合理的な選択に委ねられているし、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知は、質問検査をするうえの法律上一律の要件とされているものではないというべきである(最決昭和四八年七月一〇日刑集二七巻七号一二〇五頁)。

2  これを本件についてみると、前記認定事実のとおり、原告は本件係争各年分の所得税の確定申告書に所得金額しか記載しておらず、収入金額の記載や収支内訳書の添付がなく、所得金額算定の経緯やその内容がまったく不明であったのであるから、被告において原告の申告所得金額が適正か否かを確認するために調査をする必要があったというべきであるうえ、調査理由を告知しないこと、調査に第三者の立会いを認めず、これを理由に帳簿書類を見なかったことなどについて、調査担当職員に裁量権の濫用があるとか、調査の方法や程度が原告の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度を越え違法であるとすべき事実も認められない。

そうすると、調査手続が違法であるから本件各課税処分の取消事由があるとする原告の主張はいずれにしても採用できない。

三  推計の必要性について

前記二1で説示したとおり、所得税法二三四条による税務調査における質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられており、第三者の立会を権利として肯定すべき法令上の根拠はないというほかないのである。

そして、前記認定事実によれば、被告は、原告が税務調査の際に第三者を立ち退かせて調査に協力するように求められたにもかかわらず、第三者の同席を求めて工藤及び安田が調査することを不可能にしたため、原告から課税標準の実額を直接把握するのに十分な資料の提供を受けることができなかったことから、原告に対する質問調査によっては原告の所得金額を確認することができないと判断し、やむを得ず推計を行って本件係争各年分の総所得金額を算出して本件各課税処分をしたのであるから、被告が原告の本件係争各年分の所得税を算出するについて推計課税をする必要があったというべきである。原告のこの点に関する主張は採用できない。

四  推計の合理性について

1  同業者の抽出経緯

(一) 証拠(乙一から14、証人安田、同古角)並びに弁論の全趣旨によれば、大阪国税局長は平成五年一一月二日付で、原告の事業所の所在地を管轄する左京税務署長及びその近接地域を所轄する上京、中京、下京、右京、東山、伏見の各税務署長に対し、本件係争各年分を通じて、個人タクシー業が一人一車制であるため営業車両が一台だけであること、事業区域が限定されていること、当時は同一事業区域における運賃体系が同一であり、実働一六時間あたりの最高乗務距離も三五〇キロメートルに制限されていたこと、体力が収入金額に影響を与えることなどを考慮して設定された別紙2記載の同業者抽出条件の1から7の各条件のいずれにも該当する全ての者を抽出のうえ、報告するよう通達を発したこと、右通達に対して各税務署長は同年一一月一六日ないし一八日付で、前記各条件のいずれにも該当する同業者は別紙3-1から3記載のとおりである旨回答したこと、京都市ではタクシー用車両のうち小型車が全体の約八割を占めている状況に加え、車種の違いが年間の収入金額あるいは所得金額に及ぼす営業を測り難いとして、大阪国税局長は車種の違いを右通達における同業者抽出条件に加えなかったことがそれぞれ認められる。

(二) 右のように大阪国税局長が原告の所得金額等を推計するために設定した同業者の抽出条件は、業種の同一性(個人タクシー業専業)、事業所の近接性(京都市周辺)、事業規模の近似性(営業車両一台)、営業時間の類似性(ただし、年齢の点)等の点で同業者の類似性を判別する要件として相応の合理性を持つと評価することができるものであるし、収入金額に影響を与えると考えられる要素のひとつである年齢も考慮されている。しかも、右同業者の抽出は大阪国税局長の発した通達に基づいて各税務署長が機械的に右抽出条件に該当する者のすべてを抽出したものである(証人古角、弁論の全趣旨)から、その抽出作業について被告あるいは大阪国税局長の恣意の介在する余地はなく、かつ、右調査の結果の数値は青色申告書に基づいたもので、その申告が確定していることからしても信頼性が高いものである。また、抽出した同業者数は八五名の多数に上っているから、所得金額に影響を与えるような各同業者の特種・個別事情を緩和しこれを平均・客観化するに足りるものである。

以上の諸点にかんがみると、原告の反論を考慮しても、被告が行った、右各同業者の算出所得率の平均値を基礎にした原告の本件係争各年分の事業の所得金額の推計には相応の合理性があるということができる。

(三) 原告は、<1>被告が原告自身の基礎事実に基づかないで所得率の差異も考慮せず単純平均を基に推計しているから、実額近似値ではなく、同業者数も各手続段階の都度異なっている、<2>原告は互助組合の理事や全京協同組合の理事に就任したため、営業時間が減少して収入が低下したうえ、健康状態等から無理な営業ができなかったという特別な事情がある、<3>収入に大きな差異をもたらす車種、営業時間帯、営業態様、自家用の割合、稼働時間、営業距離が抽出条件になっていないし、原告にとって同業者は個人タクシー業者以外には考えられないから、被告が挙げる抽出条件は同業者の中から更に一定のグループを抽出する条件にはなり得ない、<4>被告が挙げる抽出条件によれば一五〇名前後の者が対象になるはずであるから同業者が恣意的に選択された疑いがある、<5>被告が挙げる同業者が匿名のため原告は同業者の存否を確認できない、<6>東山5の収入金額の内容の正確性について疑いがあるなどと主張する。

しかし、所得税における推計課税は実体法上実額課税とは別に課税庁に所得の算定を許すことを認めたものであって、真実の所得を事実上の推定によって認定するものではないから、その推計の結果は真実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足りるから、推計の方法も真実の所得を算定しうる最も合理的なものである必要はなく、実額近似値を求めうる程度の一応の合理性があれば足りると解するべきである。そして、推計による所得金額の算出において同業者との間に通常存在する程度の営業条件の差異は、その性質上、その計算の過程において捨象されると考えてよいから、営業条件の差異が平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、推計の合理性を是認してよいと解することができる。

そこで、これを本件についてみると、原告自身が別紙2の同業者の抽出条件2から6の各項目に該当する個人タクシー事業者であることが認められるし(前記認定事実、原告、弁論の全趣旨)、別紙3-1から3には、原告と同程度の規模の個人タクシー業者で、原告が主張するような昼間型、流し専門等を含め種々の営業形態、営業時間の者が含まれると推認され、しかも、これらの集計は、前述のとおり、京都市ではタクシー用車両のうち小型車が全体の約八割を占めていることや、実働一六時間あたりの最高乗務距離も三五〇キロメートルに制限されていたことなどの規制枠内のものなのである。したがって、原告の主張するような車種、営業時間帯、営業態様、自家用の割合、稼働時間、営業距離等の項目にしたがって営業者を区分したうえ収入金額を集計した統計結果があればそれと比較すると、これらをひとまとめにして集計した結果である別紙3-1から3記載の内容が緻密さ、正確さ等において見劣りする点がありうるが、実際には短期間に原告の主張するような各項目までを抽出条件にした統計をとることは困難であるし、また、車種等の相違が収入金額にいかなる影響を与えるかも証拠上は必ずしも明らかではない。してみると、原告が小型車を使用し、昼間型、流し専門のタクシー営業者であるなどのことを考慮しても、別紙3-1から3記載の内容から得られた所得金額等の平均値による推計自体を不合理ならしめる事情があるとは認められない。

すなわち、後記5のとおり原告が互助組合の理事や全京協同組合の理事に就任していたとしても、その報酬が全くないか、あっても所得税法二八条三項に規定する給与所得控除額の範囲内であることからすれば、営業時間の減少による減収は特に平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものとは認められないし、証拠(甲二三、証人梅村、原告)並びに弁論の全趣旨によれば、原告が別紙8記載のとおり精力的に組合業務に携わっていたことが認められることに照らせば、推計自体を不合理ならしめる程度に顕著な体調不良による営業時間の制約があったとは認められない。

さらに原告の主張<4>について、原告は酒井昭(甲二二の1から3)及び田中博(甲二四の1から3)を挙げて、同業者が恣意的に選択された疑いがある旨主張するが、証拠(原告)並びに弁論の全趣旨によれば、酒井昭は昭和六二年から平成元年までのころは健康状態がすぐれず、代務者を使って営業をしたりしたことがあり、平成八年ころに廃業したことが認められるから、酒井昭は別紙2の6に該当しないのでないかと窺われるし、証拠(甲二四の1から3、原告)並びに弁論の全趣旨によれば、田中博は昭和六二年分までは伏見税務署で確定申告をしていたが、昭和六三年以降は右京税務署で確定申告をしていたこと、納税地の異動届出(所得税法二〇条)がなされていないことが認められるから、伏見及び右京税務署長はいずれも田中博は別紙2の1に該当しないと判断したのではないかと窺われる。したがって、原告の主張<4>は前提を欠くものというほかなく、採用できない。

原告の主張<5>について判断すると、被告が本件において原告の所得金額等の推計を行うにあたって根拠とした同業者に関する資料は「所得税に関する調査に関する事務に従事している者又は従事していた者がその事務に関して知ることができた秘密」にあたり、公開すると「秘密を漏らす」ことになる場合は所得税法二四三条により処罰の対象とされているから、本件においては少なくとも別紙3-1から3記載の同業者の住所、氏名等を開示することは所得税法二四三条により禁じられているというべきである。そして、所得税法二四三条にいう「事務に関して知ることができた秘密」以外に推計の根拠とするに足りる適切な資料を課税庁が入手することの困難さなどを考慮すると、申告書等の記載を利用することもやむを得ないのである。しかし、他方、証人尋問等により同業者の抽出方法の無作為性及びその資料の正確性等を明らかにすることにより、右資料による推計の合理性を担保することも不可能ではないし、納税者において通常は保持している帳簿書類または原始記録の提出などによって反証をすることは可能であるから、住所、氏名等を開示しないというだけで推計を不合理なものということはできない。最後に、原告は主張<6>については、別紙3-1から3記載の東山5が青色申告者であることからすれば、その収入金額に万円以下の端数がないからといってそれだけでは収入金額の内容の正確性に疑いがあるとはいえない。

2  算出所得金額について

証拠(乙一から一四、証人安田、同古角)並びに弁論の全趣旨によれば、本件係争各年分の同業者の収入金額、算出所得金額、算出所得率は別紙3-1から3記載のとおりと認められる。そして、右収入金額の平均値に右算出所得率の平均値を乗じて得られる原告の算出所得金額は別紙4の「<3>算出所得金額」欄記載のとおりであり、被告の主張額と同額である。

3  特別経費の金額について

原告について特別経費として考られるものがあるとは認められないから、別紙4の「<4>特別経費の金額」欄記載のとおりであり、被告の主張額と同額である。

4  事業所得の金額について

原告の本件係争各年分の各事業所得の金額は、2の算出所得金額から3の特別経費の金額を控除した額であるから、別紙4の「<5>事業所得の金額」欄記載のとおりであり、被告の主張額と同額である。

5  給与所得の金額について

証拠(原告)並びに弁論の全趣旨によれば、原告は平成元年に全京協同組合から一九万五二〇〇円の給与を受領したことが認められる。そこで、これから所得税法二八条三項に規定する給与所得控除額を控除すると、給与所得金額は別紙4の「<6>給与所得の金額」欄記載のとおり〇円であり、被告の主張額と同額である。

6  総所得金額について

以上の2から5によれば、原告の本件係争各年分の各総所得金額は別紙4の「<7>総所得金額」欄記載のとおりであり、被告の主張額と同額である。

7  そうすると被告による本件係争各年分の更正処分は、いずれも総所得金額の範囲内でなされているというべきである。

五  実額反証について

1  推計課税は実額課税と同様に真実の所得額を認定するためにやむをえず真実の所得額に近似した額を資料によって推計し、これをもって真実の所得額と認定する方法であり、推計の方法及び基礎となった資料からみて課税標準額の近似値を算定する手段として合理的といえる場合に認められるものであることは前記四1(三)で説示したとおりである。

そして、申告納税制度において自己の申告所得が正しいことを説明すべき納税者が税務調査に協力しないで課税庁に推計課税を余儀なくさせたうえ、実額反証において立証責任を負担しないとすれば、誠実な納税者よりも利益を得ることになって不当であるし、納税者の経済行為については第三者たる課税庁よりも課税標準額等に関する直接資料を保管すべき義務を負う納税者が右資料に基づいて収入金額及び経費を主張立証することは一般に困難なことではないといえるから、原告が推計課税の方法により認定された額が所得の実額と異なるとして推計に基づく課税処分の取消しを求める場合には、原告においてその主張する実額が真実の所得額に合致すること、すなわち主張する収入金額が全ての取引についての収入金額であること及び必要経費が実際に支出され、当該事業と関連性があることを主張立証しなければならないと解するのが相当である。

2  ところで、原告は営業報告書や輸送実績報告書をもって収入金額を立証しようとするが、証拠(甲一、二の1から12、三、四の1から12、五、六の1から12、八の1、九の1、乙一九、原告)並びに弁論の全趣旨によれば、原告は毎日別紙10記載の様式の用紙に乗車地、降車地、料金、一日の収入などを記載して運転日報を作成し、運転日報を基に月別の輸送実績報告書を作成し、輸送実績報告書を基に営業報告書を作成していること、原告は営業報告書を近畿運輸局に、輸送実績報告書を近畿運輸局京都陸運支局にそれぞれ提出したこと、個人タクシー業者は三年毎に免許の更新手続をするが、その際には京都陸運支局による運転日報、領収書、現金出納帳、元帳、輸送実績報告書、営業報告書に関する実態確認調査を受け、業務が適正に行われていると認められると免許の更新が認可されること、原告は昭和六三年四月及び平成三年四月に実態調査を受けて免許の更新を認可されていることが認められるものの、証拠(甲二九、三〇、原告)並びに弁論の全趣旨によれば、免許の更新の際における実態確認調査は、近畿運輸局から委嘱された京都地方個人タクシー団体協議会理事の協力を得て、輸送実績報告書(月報)及び営業報告書・輸送実績報告書(年報)の提出状況、運転日報の記載状況、会計帳簿の備付け、整理状況などについて調査し、「個人タクシー業務実態調査報告書」(甲三〇)にその結果を記載して行われるが、その基となる帳簿は確認しないことが認められるから、陸運支局による調査も形式的外形的なものに止まり、営業報告書及び輸送実績報告書の内容の正確性を調査するものではない。また、原告は運転日報とは別に金銭出納帳も作成していた旨供述する一方で、本件係争各年分について異議申立て、審査請求、本件訴訟をしながら、本件係争各年分の運転日報及び金銭出納帳を証拠として提出しないのは、その存在あるいはその内容の正確性に疑義を持たせるものであるから、その運転日報を基に作成されたという営業報告書や輸送実績報告書もまたその内容の正確性に疑義がある。

そのうえ、原告は、別紙1の課税の経緯の該当欄記載のとおり、本件係争各年分における確定申告書において総所得金額(事業所得金額)を昭和六二年分(昭和六二年一月一日から昭和六二年一二月三一日)が八五万一六八七円、昭和六三年分(昭和六三年一月一日から昭和六三年一二月三一日)が八六万九二八四円、平成元年分(昭和六四年一月一日から平成元年一二月三一日)が九〇万〇三一一円としたものであるが、証拠(甲一、三、五)によれば、営業報告書(年報)上の当期利益は、昭和六二年分(昭和六二年一月一日から昭和六二年一二月三一日)が一五五万二〇〇〇円、昭和六三年分(昭和六三年一月一日から昭和六三年一二月三一日)が一一七万九〇〇〇円、平成元年分(昭和六四年一月一日から平成元年一二月三一日)が一〇一万三〇〇〇円であることが認められる。そして、本件係争各年における確定申告書中の総所得金額(事業所得金額)と営業報告書(年報)中の当期利益との齟齬等について、原告は本人尋問において、曖昧ながら、本件係争各年分の確定申告書は当該年度の営業報告書(年報)、領収書等に基づいて作成したが、確定申告書中の総所得金額(事業所得金額)と営業報告書(年報)中の当期利益とは異なる金額を記載したこと、その両者では経費により計上の有無に相違があり、申告後にそれが判明したため、前者(申告)の金額が後者(営業報告)の金額を下回ったなどと供述している。しかし、原告が供述するような経費の計上の相違によって両者間に金額の相違が生じたことが申告後に判明したのであれば、例えば、昭和六二年分においては相違額が約七〇万円にも達したのであるから、修正申告をするべきであったであろうし、そのような事情が三年間も継続したとはたやすく信じ難いところである。にもかかわらず、本件係争各年にわたって営業報告書(年報)中の当期利益額と全く異なる金額を総所得金額(事業所得金額)として確定申告を続けたことからすると、原告自身営業報告書(年報)中の当期利益額を真実のものとはしていなかったのではないかとの疑いを強く抱かせるものというほかない。

さらに、原告の昭和六三年五月の輸送実績報告書(甲四の5)によれば、一キロメートルあたりの平均収入は約一四四円八〇銭となっていることが認められるが、この金額は昭和六三年当時の距離制運賃の加算運賃額(一キロメートルあたり一四八円一〇銭。小型車で五四〇メートル毎に八〇円であった。乙二〇、弁論の全趣旨)を下回ることになるし、実際はこれに時間距離併用運賃並びに深夜及び早朝割増分が右最低運賃に加算されるほか、小型車の初乗運賃(二キロメートルまで)が四二〇円(一キロメートルあたり二一〇円)で右約一四八円一〇銭を大きく上回るから、「一キロメートルあたり約一四四円八〇銭」という運賃収入は実情を正確に反映していない疑いの強いものと認めざるをえないのである。

この点について、原告は、例えばある地点からある地点まで走行した場合の運賃額を知る必要があるときなどメーターを実車に操作して走行すれば実際に乗客を乗せていなくても「実車キロ」は加算されるので、「実車キロ」数と運賃収入とは必ずしも対応しないと主張する。

しかし、原告が昭和六三年五月に実際にその主張するようなことを行ったことを認めるに足りる証拠はないし、同月の旅客運送収入を基準として一キロメートルあたりの運賃を仮に一七〇円としても、実車距離は一五三六キロメートルにすぎず、計数上は原告の主張するような乗客のない実車走行を二二〇キロメートル程度行ったことになるが、このようなことは、原告のタクシー運転手としての経歴等からして採用しえないものである。

以上のほか、原告の妻である証人梅村は、原告が作成した日報、現金出納帳、領収書等を原告の妻が保管していたが、いつの時か平成元年分の領収書等を除いて、これらが見当たらなくなってしまったなどと証言していることからすれば、本件係争各年における原告の営業実態が帳簿等の客観的な証拠によって立証される見込みはほとんどなくなった(原告の帳簿等に代替できる客観的な証拠を想定するのは困難である。)と認めるほかなく、結局営業報告書及び輸送実績報告書の内容が捕捉漏れのない収入金額であるとは認められず、原告の実額反証は、その余の点について審理判断するまでもなく採用し難いものというべきである。

第四結論

以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年二月六日)

(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官磯貝祐一及び同吉岡茂之は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 大出晃之)

別紙1

課税の経緯

<省略>

別紙2

同業者の抽出条件

1 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること

2 個人タクシー業を営む者であること

3 右以外の業種目を兼業していないこと

4 生年月日が昭和一四年一〇月一日から昭和一六年九月三〇日までの間であること(原告の生年月日である昭和一四年一〇月一日の前後一年)

5 事業所が上京、中京、下京、右京、東山、左京、伏見の各税務署のいずれかの管内にあること。

6 年間を通じて事業を継続して営んでいること

7 対象年分の所得税について不服申立て又は訴訟が継続中でないこと

以上

別紙3-1

同業者の収入金額・算出所得率一覧表

<省略>

<省略>

別紙3-2

同業者の収入金額・算出所得率一覧表

<省略>

<省略>

別紙3-3

同業者の収入金額・算出所得率一覧表

<省略>

<省略>

別紙4

総所得金額の計算書

<省略>

別紙5-1

1987年度所得金額計算書

<省略>

別紙5-2

1987年度収支内訳表

<省略>

別紙6-1

1988年度所得金額計算書

<省略>

別紙6-2

1988年度収支内訳表

<省略>

別紙7-1

1989年度所得金額計算書

<省略>

別紙7-2

1989年度収支内訳表

<省略>

別紙8

<原告梅村治の理事としての業務の概要>

<省略>

別紙9

社団法人京都乗用自動車協会の京都市域輸送実績報告書集計より

<省略>

別紙10

運転日報

<省略>

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